合成洗剤に象徴される今の街

巨大化、物質優先、環境破壊、人間疎外……の風景を「せっけん」の優しさに包まれた街に生まれ変わらせていきたい

という想いからできたせっけん工場

先日、NPO法人せっけんの街から頂いた本が読み終わりました。

せっけんの生産が本格的に始まった1985年から、33年が経ちました。環境破壊、人間疎外に加え、現在はより速く、効率よく、時間に追われ、人の心に余裕がなくなってきているようにも感じます。

 

せっけんの街の基本理念は

 

四角自然と人が共生する街

四角人と人が共に育ち、横の人間関係を広げる街

四角使い捨てではなく、リサイクルによって成り立つ街

四角個人の自立によって、地域社会をおおぜいの私で運営する街

四角働く意味を考え合い、労働の価値を高めていける街

四角多くの人が生活の場で働くことができる街

 

せっけんの街は、合成洗剤を追放するという市民の直接請求運動から始まりました。今でも、子ども達の未来のために「100年後の水を守る」という理念で、まっすぐに活動をしています。

 

そして

 

現象から○×に評価するなんてことは、馬鹿げて不遜なことなんだ……平和運動、反核運動、消費者運動、労働運動、生協運動、障害者運動、革命運動……人間の解放を求めるはずの運動の多くがこの落とし穴にはまって、人間を切り刻んできたような気がするんです。

 

「人間は、まるごとの人間じゃないか」と思いたい。

 

という謙虚なところ。

 

「不幸」を押し売りしたり、「幸せ」を押し売りしたりするものでは決してなく、人間が肩書の付かないただの人間として「まるごと」の関係を広げていくこと。それ故に、他人の人間的尊厳に対する無関心は「鋭く」問わなければいけないのだと思うのです。

 

「せっけんの街」って、人と人の「生身の出会い」をつくっていくことに尽きるのではないかと思うのです。「ちば」にこだわって、自分の生活の場にこだわって、固有名詞の「人」との出会いの輪を広げていく、同時に、アフリカや、東南アジアや、世界のあらゆるところの人とも、固有名詞の”出会い”の場を求めていく、一対一の輪を広げていく

 

そんな想いを少しずつでも実現できたらいいなぁ、と考えています。

 

そんな、せっけんの街が好きなんです。

次世代に想いを伝えるために

はーもにーぷれいすでも、せっけんの街の活動を継続してお伝えしていきますハート